港における「綱取り」作業で重要な役割を果たす設備のひとつに、「ビット」と呼ばれるものがあります。ビットとは、岸壁や桟橋の上に設置された太い金属製の柱で、船から投げ渡される係船索(ロープ)を固定するための設備です。船舶は停泊中も、風・波・潮流といった自然の力を常に受けています。これらの外力に耐えながら船体を安全に留めておくためには、係船索を確実に固定できる頑丈な構造物が欠かせません。その役割を担うのがビットです。
ビットは主に鋳鉄や鋼鉄などの強度に優れた素材で作られ、岸壁の構造体にしっかりと埋め込まれています。表面に見えるのは一部ですが、その下には大きな基礎構造があり、係船時にかかる強大な力を受け止めています。形状はT字型や双柱型(ツインビット)などがあり、船の種類や岸壁の構造、使用目的に応じて使い分けられます。大型船が利用する港では、より大きく頑丈なビットが設置されているのが特徴です。
綱取りの現場では、まず船員が船上から細いロープ(ヒービングライン)を陸上へ投げ渡し、陸側の作業員がそれを受け取って本線を引き寄せ、ビットに掛けて固定します。この作業は、天候や潮の流れを見極めながら素早く行う必要があり、チームワークと経験が求められます。
一見すると単なる金属の柱に見えるビットですが、船と陸とをつなぐ「最後の支点」であり、港の安全を陰で支える重要な存在です。綱取り作業が確実かつ安全に行えるのは、この堅牢なビットが確実に機能しているからこそと言えるでしょう。
本日のことば
泰然自若(たいぜんじじゃく)
どんな出来事や変化にも動じず、落ち着いているさまを表す四字熟語。
「泰然」は“安らかで穏やか”という意味で、「自若」は“自分を失わず冷静であること”を意味します。
つまり、外の状況がどれほど揺れても、心は静かに安定している状態を指します。
この言葉は古代中国の思想に由来し、特に儒教や禅の教えの中で「心の安定」「動じない徳」の象徴として重んじられてきました。
現代では、困難な状況にも慌てずに対応する人、あるいはどっしりと構えて周囲に安心感を与える人物を称えるときに使われます。
大きな船を係留しても揺るがぬ係船柱のように、大きな力にも静かに耐える強さを持つ――まさに「泰然自若」の姿ですよね。